もりおかの麺 有限会社 清涛社

 

盛岡冷麺の歴史

盛岡冷麺とは


   冷麺とは、基本的には焼肉店で供され、初めて食べた人が必ず「ゴムひも食べてるみたい…」と言う。片栗粉と小麦粉からなる半透明で弾力のある麺が特徴です。
 具は、パリパリとした歯ごたえのあるキムチ、キュウリ、ゆで玉子、キムチの辛さをやわらげるためのナシやスイカ等のくだもの、よく煮込んだ牛肉などが一般的です。
 牛肉や鳥ガラをじっくりと煮込んで作られたコクのある辛いスープに、コシの強い麺をからませて食べると、噛むたびに辛さと甘味が溶け合い、この絶妙なバランスがやがてヤミツキになってしまうという、今や全国的に知名度や人気も高い麺です。
もりおか冷麺

 

盛岡冷麺の源流


   冷麺の生れ故郷は、朝鮮半島北部。冬はマイナス20度を越え、寒さの厳しい地域で食べられた「冬沈漬冷麺(トンチミネンミョン)」が元祖です。
 冬沈漬(トンチミ)とは、この地域で盛んに作られている、冬の水キムチのことです。ヨーグルトからしみ出る水分のような、ほのかな発酵臭とさわやかな酸味が特徴の水キムチの汁をスープにして、ソバ粉やデンプンなどを練った押し出し麺を食べたのが冷麺の始まりです。冬沈漬キムチを作らない地域では、牛や鶏のスープで代用していました。
 盛岡冷麺とは、牛スープと辛味無しの「平壌冷麺(ピョンヤンレンミョン)」と、スープ無しで辛味ありの「感興冷麺(ハムフンネンミョン)」のミックスに、「ソバ粉をいれない」「麺が太い」などのオリジナリティが加わったものです。
 冷麺の強いコシは、麺をぎゅっと押し出す力で生れるもの。機械がない限り、とても女性の力ではかないません。昔は朝鮮でも男尊女卑の風習が強く、男性が家庭の台所に入るなんてことは滅多にありませんでした。
 しかし、冷麺を作ることに関しては別で、男性が麺作りを担当したそうです。また、冷麺はおめでたい席や大切な客人などが来た時などにもてなしたり、花婿が花嫁に捧げる料理でもあったようです。

 

盛岡冷麺の歴史


   昭和29年に、朝鮮半島の北部咸興(ハムフン)で生まれた青木輝人氏が「食道園」を開業、盛岡で初めて冷麺が提供されました。透明で、いわゆるゴムのような麺は青木氏が修行していた東京数奇屋橋の店(現在は閉店)で既に出されていたそうです。が、レシピはなく、地道な研究と舌の記憶のみで現在の麺を作り上げたのだそうです。
 その後、昭和40年代になると県内に焼肉店が数多くオープンしました。食道園の味をベースに、各店で盛岡ならではの素材を使い、より地域に受け入れられるための工夫が加えられ、盛岡冷麺はじわじわと普及し始めました。
 昭和50年代、「ペコ&ペコ」のテレビ・ラジオCMで、冷麺は一気に大衆化。昭和60年代になると、「焼肉・冷麺の本場、朝鮮・韓国の人がやっている店」がブランド的に注目され始めます。平成元年には「盛岡冷麺」の土産品が発売され、辛いものブームに乗って一気にブレイクしました。
 平成12年4月からは、「盛岡冷麺」の生麺に対し、本場・名産などの表示が公正取引委員会から認められ、ついに盛岡冷麺は“本場”の認定がされました。

 

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盛岡冷麺の歴史


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